株式会社アストレイズ
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今更ながら、ミステリーツアーの顛末を書こう。2024.3.3.

例の旅から1週間経った。単純に旅行で圧迫された仕事スケジュールをこなすために、このブログを書くこともできず、今ようやく落ち着いてこの事件の顛末を綴る。

色々あって、8時に羽田「第一ターミナル」に集められたアストレイズの面々。フライト2時間前に集合は基本だが、そもそも国内便で、2時間前って、何?
出発前最後の確認では、香港を経由して、6時間かけて迂回して台北に向かうという話だったはず。
そもそも第一ターミナルでは、WIFIルーターを借りることも、お金を換金することもできない。とはいえ、前日まで旅行に行けるかどうかもわかっていなかったので、誰も換金などしていない。
で、飛行機が向かったのは、なぜか岡山空港。

なぜだ。そもそも、岡山在住の社員の合流方法でスケジュールの調整になったのではなかったのか。

で、ここで2時間半も時間を潰すことになる。飛行機が30分遅れたからだ。

正直、何もない。岡山の社員に連絡をして、顔を出さなか、とも聞いたのだが、そんな簡単に行けるような場所ではないらしく。かなり山奥らしい。

とりあえず名物飯だけ聞いて、食事で時間を潰すことを試みる。

おすすめは、デミカツ丼だというので、岡山ラーメンを食べる。だって、デミグラスソースととんかつ、さらに白米なんて、ちょっと、少なくとも僕の好みじゃあない。

で、その空港に小さいながらも外貨を扱う銀行があったため、皆で並んで仲良く換金。

と、なんと、私の番になって、会社全体で使うお金もあるので、多めに換金を、と思ったところ、もう、台湾ドルの在庫がない!嘘でしょ!そんなことある?

しょうがなく、大量の日本円を抱えて、一路台北へ。ついた空港は、市内の松山空港をイメージしていたのだが、郊外の桃園空港へ。なぜだ。ここも違う。

しかも構内の換金所は、すでに閉まっている!どうする、この後の食事代が会社持ちだとしたら、カードで払うか…!そういえば、幹事が航空券の購入が、場合によっては会社のカードでの決済になるかもしれないから、預かりたいと言っていた。じゃあ。自分のカードで?おもちゃ屋に行くとしたら…?

とはいえ、税関外の換金所を見つけ、なんとか台湾ドルをゲット。バスで一路台北市内へ。

サービスに出されたタピオカミルクティーなどを飲みながら、夜景ながらも海外の景色を楽しみながら、一応、夜遅くの到着とはいえ、観光的なことを経験してほしい!という願いを込めて、夜市にも行きたかったのだが、曇って肌寒いこともあり、台北市の象徴的タワー、台北101へ。

なんだろう。ゴーストバスターズで見たことあるような恐怖のタワーだぞこれ。

あと30分で閉館ということで、大慌てで展望フロア入り口へ移動。ところが、すでに今日は閉館、ということ。曇りが酷すぎて、危険だということだ。外にも出れるしね。そもそも外もほとんど見えないらしい。

しょうがなく、せめて、と初日は諦めていた、開いているトイザらスを検索して、移動。そなりに社員が喜んでいたようなので、納得。ただ、食事も、初めての海外旅行という社員もいるので、一旦落ち着いた飲茶あたりから、と、101の下にある名店をイメージしていたのだが、移動したこととそもそも時間の問題で行けず、初日からかなり濃い目の台湾料理の店に。

謎の食べ物に苦戦しつつ、ホテルに。結局集合から12時間かかって台湾につき、おもちゃ買って飯食っただけ。なんだこれは。

翌日。

当初の予定は、台北の問屋街を歩き、台中に移動し、観光地を回り、夜九份という台湾屈指の観光地に行って、最後夜市に遊びに行く。そんな台湾満喫ツアーであった。あと、前に台北に行った時に入った多国籍料理のビュッフェの店があり、面白かったので、そんな店も行きたいね、という指示もしていた。それは、事実だ。

だが、すでに冷静さを失っている感じとツアー会社は、一旦台中に向かうのをやめる。これはこれで、回れる場所を増やそうという判断ととり、いいね、他の場所を色々回るのだろうと考える。

で、向かったのは、幹事の言葉を借りると、「台湾で一番有名な大統領の遺体が安置されている場所」という謎の場所、そこで、衛兵の交代のシーンが観れるらしく、行こうという話に。日本に帰った後に、「蒋介石」だと判明。それなら、日本人も知ってるよ…

で、その近隣にある、かつて日本軍が作っていった、古い街並みがある場所で、観光と洒落込む。この時は平和だった。天気もギリギリ保ってたし。

ここで、路地裏で謎のお婆さんが一人でやっている怪しげ極まりないおもちゃ屋で、怪しげ極まりないおもちゃをゲットしたのは、ラッキーであった。

その後、巨大な玩具問屋に突入。いつもの問屋街に行くつもりだったのだが、これはこれで、まあ、いいか。

で、ここから不思議なことが起こる。なぜか、昼食に、多国籍ブッフェに行くことに。え?昼にビュッフェ?え?どゆこと?しかも、会計は会社持ちで。それも急に言われる。いや、早く言えよ。

かなりの満腹状態で、九份に向かう。幹事の話だと、向こうのほうが天気は良いということ。

ところが、車が進めば進むほど、雨がひどい状態に。最終的には、ザーザー振りの中、九份に到着。

私も、九份は4度目。仕事や観光で何度も来ている台湾。出入りした回数は、祖国南アフリカ共和国をそろそろ凌ぐぐらい。それでも、夜の九份は初めてなのだが。

人多いよ…

動けやしない。

なんとか雨に打たれながら、端っこまで行って。「千と千尋」で有名な例の階段に至っては、近づくこともできないレベルの人の量で、諦めて降る方ではなく、登る方を選んで、とりあえずそれらしい写真をゲット。

体も冷え切った私たちは、当然夜市に行くこともかなわず、最初にいきたかったのとは違う飲茶屋さんで、食事。その時に全員の願いは、「早くホテルに戻って、風呂に入りたい!」

で、ホテルに戻るのだが、結局翌日は、例の香港経由フライトということで、飛行機は昼に飛ぶらしく、何もできないままホテル乗るロビー10時集合で、帰国ということに。結局初日と3日目は移動オンリーかよ!なんて費用対効果の悪い旅行だと嘆いていると、初めて海外に来た若手が、もう少し色々なおもちゃを探したかったという少し、悔いのある言葉を。

こりゃあ、一肌脱ごう!と、集合が遅い時間だから、タクシーでも拾って、有志を募って朝方トイザらスに行くとか、なんとかできないかと調べてみると、桃園空港の近くにも、トイザらスがあるじゃあないか!

早速若手の社員と幹事にメールで連絡。集合を実は、ここから本当の悪夢が始まる。

早速幹事から、メールの返信が。ただ、そこには、電話をしたいので、部屋番号を教えてほしいとのこと。

なんだろうと電話を待つと、成田行きの航空券が手配できそうなので、手配してみた。

成田かよ…

で、ただ、手配したところ、実際に購入できたのは、私と、同い年の別の社員の2名のみ。

へ、じゃあ、他の社員は、どうやって帰るんだよ!

名古屋までの飛行機をとりました。

なぜだ。

名古屋空港から名古屋駅までの足などは、向こうで代理人を用意すると。

やばいな、これは。と思い、すぐに名古屋出身の社員に事情を話し、自分たちだけで移動できる段取りを組ませろと指示。新幹線代は、会社で建て替えて最終返金で処理すると。

意味がわからん。

とにかく。全員にすぐに伝達せよとの指示を出し、もう不貞寝することにする。

翌朝、ホテルのラウンジのテーブルの一角に社員が集まり、食事する背後に、大きい体をかがめた幹事が立ち、やってくる社員一人一人に詳しい内容を説明。結局、でも出発時間が変わらないなら、早めに出てトイザらスはいけるんじゃない?と、最後の望みを聞いてみると、名古屋組の飛行機は、成田行きよりも30分早いと。え、じゃあ、集合時間はそもそもはやめないとダメじゃないか?

で、大慌てで全員部屋に戻り、帰り支度。それでも結構ギリギリの時間に到着して、慌てて残った会社のお金を日本円に直し、名古屋組のリーダーに持たせ、名古屋組を見送って、自分は成田方面へ。ちなみに成田からは、東京駅までバスで1時間40分。そこから1時間かけて自宅へ。香港経由しての羽田とほとんど変わらない所要時間。

羽田ならバスで40分なのに。

そこから、2時間ぐらいを待って、名古屋組から続々帰宅のメールが。よしよし。なんとか終わったぞ。あとは、親が入院したので、台湾に残ると言っていた幹事は…。

あれ、二人で仕事分担して、月曜の午後イチぐらいまでにプレゼン用のスケッチを仕上げる予定だったのでは?

確認したところ、イラストの原画データは持ち帰っておらず、帰るのは月曜の夜だという。

ということは、土曜8時帰宅から、旅行荷物の片付けをしつつ、」月曜日の午後までに一人で、8枚のイラストをクリンナップせよ、と。

あああ。ここからが本当の地獄が始まる…

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